僧侶・得度について知りたい方へ

 
 

昨今、在家一般の方でもさまざまな理由で、仏教に関心をお持ちの方が増えています。

比較的若い方の中には、仏門に入ることを真面目に考える方もおられます。

​浄土真宗では僧侶になることを「得度(とくど)する」と言います。お寺の生まれ(「寺族」)ではない場合、得度する機会を得ることはなかなか無いかもしれません。

報恩寺ではここ数年、たまたまのご縁で寺族以外から4名の僧侶が誕生しており、2名は続けて教師(住職となる資格)も取得し、うち1名はちょうど条件があって別の寺院の後継者となりました。

僧侶になるということは、基本的に仏事法要を営んだり、布教活動をすることです。また常に自身を問い、社会とのあり方をたずねることでもあります。上述の衆徒は、ご自身の仕事をしつつ、お勤め・研鑽に励んでおります。

得度にご興味がおありの方は、まず下記の「補足」及び「Q&A」をご参考ください。

基礎的なことはある程度ネット上でも調べられますが、家の菩提寺や近隣の寺院、僧侶の方とお会いして具体的なお話をお聞きするのも大事です(宗派教団によって相当異なる場合があります)。


その上で、もし具体的にご確認されたい方はお問合せフォームよりご連絡いただきましたら、住職がメール相談に応じます。


なお、実際に得度を目指されたい方は、お住まい近くのご住職やご寺院とのご縁をまず先にお探しいただくことをお勧めします(*当方では今現在、衆徒を受け付けてはおりません)。

 
 
 
 
 
 

【いくつか補足】

1)お問い合わせいただく前に、まず私どもは宗門(浄土真宗本願寺派)全体ではひとつの末寺であって、特別な養成プログラムや人的体制を備えているわけではありません。在家一般の方にとっては概ね未知の世界であろうと思われる僧侶の道について、主にメールやお電話にてアドバイスなりご教示をさせていただいています(ただし、衆徒としての得度支援は今現在行っておりません)。

 念仏者・僧侶を育てるというのは、住職という立場であれば本来特別なことではないものの、特に真宗各派においては世襲寺院が多く(自分も含め)、今後の社会状況が大きく変化していくことを考えるとき、世間で揉まれたような在家の方の発心も、仏教界全体にとって大事だと考えるところです。

 

​2)ただし、仏教の勉強をしたい、真宗の教えを広めたい、自身の生き方において飛躍を図りたい、というだけであれば必ずしも僧侶となる必要はありません。ご自分が僧籍を得ることで何を求めたいのか、仕事の兼ね合いはどうするのか、どういった方面の活動に関わりたいのかなど、僧侶としての自分・将来ビジョンをある程度お考えください。

 そのためには、仏教や僧侶という仕事について、あらかじめ実際のお寺さんに触れて、実態を知っておくことも大切です。伝統教団もひとつの組織ですから、保守的・格式的な面もないとは言えません。

 

3)もちろん、はじめから確立された志を持って臨むよりも、多くは実務や精進を重ねる中で培われていくものです。

 近年は、在家の方や年配の方も多く得度に臨まれますが、実に様々な動機や立場の方がおられ、入寺するご縁の方はたまにあるとしても、法務員(役僧)や専業ではなく普段は他の仕事をしながら兼業の方も多いです。しかしいったん宗教者となれば、自らを律し、儀礼を執行し、法を説くという、世俗から一線を画す人間とみられることになります。

 寺族のものも含め、さまざまなタイプの宗教者がおられますが、僧侶は資格・生業というより、生き方そのものに深く関わるあり方だということをご承知ください。

 

*ちなみに、本願寺派以外(大谷派、高田派など)では一泊二日にて僧籍を得ることはできます。しかし、別途専門学校や本山に通って実務を身につけられる方が多いようです。

 

以上ご理解の上、ご相談いただくならば、

1住所(町村レベル)

2家族構成

ご実家の宗派

4職歴

5仏教または真宗のどのような点に惹かれたのかきっかけなど

6僧侶としてどんな仕事をイメージされているか

について合わせてお聞かせください(4-6はおよそでも結構です)。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

住職より

報恩寺住職 林 暁

 
 

平成27年より現在まで、在家の方を得度(僧侶になること)へお世話させていただく機会が相次ぎました。それぞれに個別の動機や事情を抱えておられ、指導する側としても大変勉強になりました。自分のような中途半端な坊主で良かったのかどうかはわかりませんが、念仏者を育てるご縁いただけるのは、寺を預かる者として何にも増して有り難いことです。

セミクローズなお坊さんの世界で、在家の方からの
フレッシュな風は(未知の世界への苦労は当然としても)ご門徒方にも教団にとってもますます必要と感じます。と同時に、志の一つも持って僧侶の道を歩む方には、世俗の(経済的、自己中心的)価値観を相対化するような宗教性や信仰に触れていくことが、人生の大きな転機にもなるでしょう。

ただし、浄土真宗でも本願寺派以外にいくつも派=本山があり、また他の宗派教団でも在家から僧侶になることはできます。また、僧籍を得てそれでおしまいではありません。仏法を人生の拠り所とし、僧侶としての法務や活動を自分なりに研鑽し、広げていくことが求められます。

 

​釈暁裕 拝

 
 
 
誰でも僧侶になることができるのですか?
 
本宗派に関しては、基本的には男女問わず誰でも僧侶になることは可能です。一般の方が僧侶になる(得度)にあたっては、いずれかのお寺を訪ねて所属し(衆徒と言う)、住職に指導や手続きなどお世話いただく必要があります。
 
僧侶として読経する上では普通程度の音感と声量は必要ですし、最低限の専門用語や作法、教義や歴史などに関して勉強し覚えなければなりません。また、正座が多いので膝や脚に大きな不具合がないことが前提となります。真宗教団では他宗派と比較して易しいと思いますが、現実的には中年以上の方は体力面、暗記面などで苦労を覚悟すべきでしょう。
なお、得度の手続きや、得度に至るプロセス、得度可能年齢や一連の費用については、各宗派教団によって異なります。宗門関係学校や養成専門校に入学したり、通信教育を受けながら数年かけて学んだり、宗派によっては専門道場で数年間の修行も必要という場合もあり、それぞれよく調べてみてください。
僧侶として心構え、適性みたいなものはありますか?
僧籍を得ることは少なくとも単なる資格取得ではありません。さらに言えば、得度したから皆信心を得る、ということもありえません。生涯かけて自らのよりどころを問い続け、たゆまず仏道を求め広めていく構えが必要です。
もちろん、僧侶を目指す動機や能力、家庭事情や職歴などこれまでの人生経験はそれぞれであり、はじめから出来た人間が僧侶になれるわけではありません。得度を通じて成熟し、深まっていけばよいことです。
ただし、僧侶としての仕事(法務)の中では、向き不向きの問題はないとは言えません。まずは人の話によく耳を傾けられること。相手の悩みや苦しみと共感し、己の心の深いところを見つめ、言葉や行いを調えていくこと。
 
活動によっては、人の抱える闇や業に宗教者として向き合い、手を差し伸べる覚悟も必要になります。日常にあっても、利他的な眼差しを養って、社会の様々な不条理を見捨てておけず、その解消に力を注ぐことも求められるでしょう。
 
読経や法話、寺院運営に関しては得手不得手もありますが、地道な努力や勉強によって少しずつ磨いていければよいでしょう。自分自身の能力や個性と合わせ、様々経験や法務を通じて培われ育てられていく面も大きいものです。
本願寺派の僧侶規定には、剃髪や菜食、作務衣着用の義務などはありません。その分、法衣を着用していなくても、宗教者としての自覚を厳しく保つことが求められます。他の仕事と兼業していても、普段の言葉使い、所作、食事、金銭感覚など、僧侶として恥ずかしくないよう常に心がけましょう。
どのようなお寺さんに習えばよいのですか?
 
どのご住職にご縁があるか、ここが現実的に難しいところです。
まず、家の菩提寺が本願寺派であればまずそちらにご相談されるのがスジでしょう。
 
得度後も所属寺の法務に出向いて経験を積んだり、所属寺の報恩講や永代経法要、盆、正月などの仏事法要にも衆徒という立場で準備や勤行に出仕するのが普通です(さまざまな関わり方はあります)。
よって、所属寺を決めるにはお住いの近隣の寺院から探すのが最初の選択です(勿論、多少遠方でも通える場合もありますが)。
ただし寺院や僧侶も、田舎と都会、専業か兼業、寺族か在家出身か、あるいは個人の人生経験や寺の歴史などによってもさまざまなタイプがあります。後継者を前提にしない方の得度を引き受けることに抵抗を持たれたり、在家の方を衆徒に迎えることに余裕のない寺院の方も珍しくはありません。
末寺の情報を持っている各地の教務所でいきなりお尋ねをしても、職員の方から簡単に紹介をいただけることはほぼ期待できないと思います。
やはり地道に足を運んで、ご自身の思いに応えてくださりそうな住職や僧侶を探すことから始めなくてはならないでしょう。
お住まいの地域の教務所・別院、各寺院で開かれる仏事法要・各種行事に参拝したり、公開講座。勉強会などに参加して、布教使さんやご講師、住職や僧侶らをご自分の眼で見定めてみる。ご挨拶をして事情をお話ししたり、どなたかご紹介をお願いしてみることをお勧めします。
ネットで検索して情報を得ることもできますが、少数といえど地域で頑張っている寺院や、志やキャリアを持ってさまざま活動を行っている住職もおられます
本願寺派では、どんな勉強や修行がどのくらい必要なのでしょう?
学習内容
最小限の読経として「正信念仏偈」「御文章」「讃仏偈」「重声偈」「葬場勤行」「仏説阿弥陀経」などを練習します。正信偈の一部などは暗唱が求められます。また、内陣出勤を含む基本的な作法、仏具などの荘厳、衣などの被着法も実習します。
 
知識的には仏教全般の学習、真宗の基本的教義、歴史などを学び、仏具や作法も含めて漢字で書けるよう覚えねばなりません。
 
これらについては所属寺院の住職などに師事して勉強しますが、ご自身で自学自習し、勤行も音源など利用して何度も反復実習します。頻度や進行具合、各地での講習会や習礼のタイミングにもよりますが、短くても半年以上〜1年程度準備をかけることが望ましいでしょう。
 
なお、真宗他派では数日で済ませ、その後の習熟には専門養成課程で本山へ何度も通うパターンもあります。いずれも真宗教団では、仏教一般で言う戒律や行はないため、「修行」という表現は用いないのが普通です。そのぶんかえって、僧籍を得てからも自らの精進について、常に律し続けることが必要です。
得度講習会
勉強期間の中で、1泊2日の得度講習会、日帰りの得度考査(試験)を経て、10泊11日の得度習礼(とくどしゅらい)に入ります。得度講習会は各教区教務所で年1~2回(福井教区では年一回8月頃開催)、京都の宗務所・西山別院ではほぼ毎月開催されます。得度講習会では先述した内容を一通り習い、終わりに筆記テストがあります。
得度考査
原則、講習会とセットで(三日目)得度考査が行われます。考査では筆記試験と実技試験(正信念仏偈の実習)、そして面接があります。事前によく勉強し、講習会と考査を余裕を持ってクリアして、その後の得度習礼で遅れをとらぬように臨みましょう。これらの受講には装束や、所属寺住職の判子も必要になります。
得度習礼(とくどしゅらい)
得度習礼は京都の西山別院で行われます。年に7回ほど開催されますのでそのうちの一つに参加することになります。学生は社会人とは別に開催されています。男性は剃髪して入所します。
 
得度習礼では全国から在家(一般)の方や寺族の方々が集まり、50名ほどで集団生活をします。10泊11日に渡って携帯電話はもちろん、一切外界との接触が禁止され、缶詰め状態となります。早朝から夜遅くまで、分単位のカリキュラムをこなし、わずかな空き時間も復習や予習に追われます。
 
生活と実習は班単位となり、ミスをすると連帯責任でやり直しとなります。座学と食事以外は正座での実習となります。体調を崩して途中退所する方もたまにいるようです。またグループ研究で、僧侶としての自覚を深めていく話し合い法座が持たれます。 期間中の諸課題を全てクリアした上で、最終日に本山・西本願寺での得度式を経て、僧籍が許可されます。
そのための経費はどのくらいかかりますか?
講習会や習礼の冥加金で約15万円、習礼費で12万、装束やカバン、書籍購入などで約20万ほど。また、所属寺院への勉強代が求められることもありますので事前にご確認を。
 
僧侶となってからは、最低1万数千円の冥加金も含め、それらの一部は所属寺院が負担することもあります。
また、実際の法務として夏冬の装束、(得度では使わない)五条袈裟や勤行聖典なども後日揃える必要があります。
得度を終えたあとはどんな生活を送り、どんな仕事に就くのが望ましいのでしょう?
個々に事情が異なりますので、ご自身のお仕事との兼ね合いで様々です。普通の会社勤めの僧侶も珍しくありません(地域にもよりますが)。
報恩寺での例では、ビジネスや非営利団体と僧侶の活動を両立している方や、縁あって別のお寺の住職を継職された方もいます。  
浄土真宗を含め日本では在家仏教であり、社会と隔絶した出家生活を送ることはまずありません。基本的に一般の方々と同じような生活をしながら僧侶としての務めを生きます。
経済成長・景気拡大などに固執せず、主義主張や損得勘定、組織維持など世俗的な価値観(それらを完全に離れることは不可能ですが)をいつも相対化していく立場にあることが望ましいでしょう。
 
日々の生活
僧侶となった以上、ご自分のお仏壇で毎朝勤行し、所属寺で引き続き勉強するなど、実際の法務に対応できるようスキルを高めましょう。また、教務所や近隣のお寺の法座など、お聴聞の機会をできるだけ作って仏法の研鑽に精進しましょう。世間での仕事や人間関係、社会の出来事の中においても、仏教・真宗の教えからの視点で見直していくことが努めて大事です。
実践の現場
所属寺院やご門徒宅での種々の仏事を経験し、習熟していくことが必要です。最低限、所属寺院の仏事(報恩講、永代経など)には出仕し、急な葬儀などは仕事の都合がつけば出仕しましょう。
 
ご門徒とのおつきあいや、一般の方との(僧侶としての)交流においては、教義通りに行くことはまず少ないです。相手の心情や疑問、家庭内の事情などを教えてもらうつもりで、信頼関係を築きながら仏法を伝えていくこと。失敗や耳の痛いことを指摘してもらえる関係こそが財産です。
 
また、教務所や本山などの法要や研修会・学習会に参加して、教団としての活動現場も知り、いろいろな先輩やネットワークを広げることも大事です。宗教者として「命を大切にする」という視点での、自死、貧困格差、差別、教育、医療、福祉、戦争や原発、災害支援などさまざまな社会問題に取り組んでいる方々もおられます。
 
特に「ビハーラ活動」「臨床宗教師」など、布教を全面にせず傾聴活動によって、患者や当事者、ご遺族の苦しみによりそうケアーのニーズは高まっています。
地域の活性化なども寺院との親和性が高い領域で、過疎化・高齢化という社会の変化に対応し、ご門徒や地域の方々と一緒にお寺という拠点を運営発展させ、地域に貢献していくことも大切な役割です。
お寺を継ぐ
お寺の住職を継ぐ場合、教師資格を取得しなければなりません。本山にて二週間ほどの講習と試験(年三回あり)、その後にやはり11日間の教師教修を経ることが課せられます。これらも勉強期間一年程度、寺院での内陣出仕や法話(布教)など、より実践的スキルと仏法理解の学習が必要です。  なお、住職は世襲とは限りませんし(在家の婿の方が継ぐ場合もあり)、法務の忙しさは門徒数によっても様々です。兼業しながら苦労して護持している寺院も少なくありません。何れにしても住職となれば住むのが仕事。早朝は月参り、土日は法事、葬儀は急に入りますし、365日営業です。
専門性を高める
布教活動の専門家(布教師)を目指したり、お勤めの専門養成課程に進むこともできます(それぞれ本山にて半年~1年間の研修生活)。年齢制限や教師資格など条件もありますが、教団関係諸機関の職員に応募することも選択肢として考えられます。
 
地域や寺院の規模によっても異なりますが、数名の僧侶を法務員として雇用している大寺院もあります(その場合所属寺院を変わることも可能です)。
役僧(やくそう)になる
所属寺院または近隣寺院での仏事や葬儀をお手伝いをする専門僧侶を役僧といいます(上記の法務員を指すこともあり)。役僧という立場を生業としている方も地域ごとにおられますが、収入面で安定するためには、一定程度多くの寺院で法務をこなせるよう、仏事に習熟した経験が必要です。ちなみに真宗寺院においては、報恩講が務まる秋冬の繁忙期に役僧の出番も多くなります。
以上、ご参考ください。
 
​*なお、2020年夏現在、新型コロナウイルス感染の影響により、講習会や習礼日程について本山・僧侶養成部において変更がなされる場合もあります。
 
 
 
 
 
浄土真宗本願寺派 報恩寺

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